• 2016.01.24 Sunday
  • スポンサードリンク
  • -
  • -
  • -
  • - -
スポンサーサイト

一定期間更新がないため広告を表示しています

きょうの発言 第8回 川尻桶物語

  第2次大戦後の混乱期頃まで、農村などそれぞれの家で味噌みそを造っていました。自家製噌はゆがいた大豆と煮汁、塩、麦麹こうじを混ぜ合わせて造りますが、混ぜ合わせ具合と塩分の量で味が異なり、「田舎味噌」と呼ばれました。味噌造りに欠かせないのが味噌樽たるです。


 川尻地区では、古くから嫁入り道具として、産うぶ湯ゆ桶、手桶、手水ちょうず桶を持たせていましたが、もちろん、味噌樽やすし桶も持って嫁いだことでしょう。

 「花タゴ」に代表される川尻桶は、昔は矢部(現在の山都町)地方からいかだ流しで運んだ木材「サワラ」で作っていました。サワラは湿気が多くあまり熱を通さず、しかも木目が美しいため飯櫃めしびつやすし桶などにも適していたのです。

  桶造りは、側面になる板を荒木取りした後、角度を測るカマや長さが1メートルもある正直しょうじき台だいという長いカンナなどを使って一分いちぶの隙間もなく板と板が吸い付くように削って行きます。14工程すべてが経験に頼る手作業です。

 明治8(1875)年の肥後国郡村誌によると、当時の川尻町には桶屋さんが39軒あったといいます。しかし戦後、花タゴや樽などの木製の生活用品は合成樹脂製品に代わって行きます。廉価で軽くて壊れないという商品の台頭です。以来、伝統の川尻桶は衰退し始め、今は休業を含め2軒だけとなりました。

  くまもと工芸会館の売店からも川尻桶が消え、今は県外から取り寄せたすし桶や現代的な作風の職人が作ったまな板などが並ぶ様子に悲哀を感じます。
 

  • 2016.01.24 Sunday
  • 10:36
  • スポンサードリンク
  • -
  • -
  • -
  • - -
スポンサーサイト
Comment:
Add a comment:









Trackback:
http://kougeikaikan.jugem.jp/trackback/59
CALENDAR
SMTWTFS
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
293031    
<< October 2017 >>
PR
ENTRY(latest 5)
ARCHIVES
CATEGORY
PROFILE
MOBILE
qrcode
LINK
無料ブログ作成サービス JUGEM

(C) 2017 ブログ JUGEM Some Rights Reserved.